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年齢を重ねてより聴衆の心に響く才能豊かなアルパとレキントギターの名手

チューチョ・デ・メヒコは1993年メキシコの港町ベラクルスで生まれます。
幼くしてメキシコシティへ移り、下町のテピートでクラシックのギタリストの父と壁画家の祖父という文化的な血を引き継ぎ、幼い頃からギターと歌の上手な少年として育ちます。

メキシコの多くの少年が持つ、憧れの闘牛士を目指し専門的に学びますが、音楽への夢も捨てきれず、4歳年上の兄のホセと共にデュオを組みセミプロとして演奏を始め、その後に出会った友人と3人でトリオを組みます。

トリオ・デルフィネス
[右]チューチョ

ホワイトハウス
[中央後ろ]ジョンソン大統領
[前列左]チューチョ

栄光のトリオ・デルフィネス

その人気と実力は大統領からも認められ、海外からの注目を浴びる

1952年チューチョ18歳の時、兄ホセと友人レナルド・サモレノの3人で「トリオ・デルフィネス」は結成。
プロの登竜門であるラテンアメリカ最大の放送局WUXが、主催するセミプロのためのコンクールに見事優勝を決め、同局の社長に「トリオ・デルフィネス」という名を命名され、輝かしいプロの道を歩み始めました。
メキシコで人気グループとなった彼らは、中南米各国を公演を行い大成功を収めます。
彼らの人気と実力はメキシコ大統領の信任も厚く、メキシコを訪れた各国要人や皇族方のためのレセプションでの演奏や、メキシコ大統領のお供で米国ホワイトハウスに何度も招かれ、当時の米国大統領ケネディやジョンソン両氏の前で演奏するなど、まさにメキシコを代表するグループとして活躍していました。

世界での活躍とトリオ解散

日本には1964年に初来日、全国公演を行い以後毎年来日しステージやTVで支持を得て、日本の皇族や要人の方々への演奏も行いました。
また世界の第一線で活躍しているナット・キング・コール、ハリー・ベラフォンテなど多くのミュージシャンと競演し、中南米各国やアメリカ、ヨーロッパ、旧ソ連など世界中で公演も行いました。

しかし1987年に兄のホセが病気にかかりトリオは解散します。
メキシコのラジオの音楽番組は解散した今なお、トリオ・デルフィネスの歌声が流れており、解散を惜しむ声はいまだに高いそうです。

日本初来日のステージ
[撮影:相沢氏]

日本での文化普及と後進の育成

ソロ演奏家、音楽教室の開講など多岐にわたり活動する
その後「チューチョ・デ・メヒコ」として活躍を日本に移し、ソロ演奏家として活動を始め、後年は「音楽教室アカデミア・デ・チューチョ」を開講し、ラテンアメリカの音楽と文化の普及、後進の奏者の育成などに力をいれます。

また、2000年にマリアッチスタイルのグループ「マリアッチ・ロス・コンパニェロス」を結成し活躍の場を広げ、情熱を衰えさせることなく深みのある声と類まれな才能で多くの楽器を弾きこなしておりましたが、2013年80歳を迎え多くの方に惜しまれつつ引退いたしました。

パフォーマンス

メキシコを代表する演奏家、チューチョ・メ・デヒコの演奏と歌声を一部ですがご紹介いたします。
アルパとレキントギターの名手として知られている音色と年齢を重ね円熟味を増した歌声をお聴きください。

■ソラメンテウナベス

■ラス・チアパネカス メキシコ民謡

■みちのく一人旅

■ククルククパロマ

■ラ・サンドゥンガ

■ティリンゴリンゴ

2016年3月、逝去

世界を舞台に活躍していましたが、2016年3月に故国メキシコにて逝去。享年83歳。

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